2008年08月24日

アートセラピー2


ちゃくちゃくと進行中。  to be continued...(^-')b



感覚や感情なんてのは、けっこう抽象的であいまいなものです。自分自身はっきりと自分の気持ちを表現しているかというと、なかなか分かりません。言葉にはなりにくい自分の感情も、ビジュアル的にアートとして表現すると、意外な発見があったりします。

また、アートは感覚の発達を促します

アート(ART)というと芸術という意味ですので、何か堅苦しいようにも捉えられがちなのですが、特別何か難しいものではなく、ここでは表現するという行為を指しています。
日本人的には、芸術といった印象や表現するということがお高いというか特別視しがちで、理解しにくい部分ではあるかもしれませんが・・・  


結構この現代社会は利便性に富んでいて何事も簡単に行えるようになっているので、感受性が鈍くなってきています。感覚器官はは使わなければだんだんと鈍くなってきます
身体的外傷や年齢によっても衰えてくるものですが、ストレスによっても感覚器官の働きが弱まってきます。豊か過ぎるのも、創造性が鈍る要因になっているようです。
ようは神経回路が衰えるわけです。

ドキュメンタリー番組で見るジャングルなどで生活する原住民族は、今の私たちの生活よりもはるかに不便そうなのに、イキイキとして楽しそうに見えます。なぜでしょうか。
感覚が活性しているからだと思います。表現が本能から溢れ出るそのもののようです。
私たちの生活と比べると、自らが発するアイデンティティの強さや意味が違うように思います。



アートセラピーの目的は絵の分析ではありません。もちろんそういったものもありますが。。。

上手に描く事が目的でもありません。
先に書きましたように、気持ちを描くアートは写実ではなく非常に抽象的になるものです。上手い下手などありません。

アートセラピーの目的は、自由に気持ちの赴くままに自己表現し、その中で自分の本当の感情に触れていくことのほか、脳神経系の活性などで、アンチエイジングとしても役立ちます。

難しく書いていますが、自然にそうなっていきます。自然と表現力の幅が広がり成長するとともに、心(感性)の成長も大きく変化していくことでしょう。


僕自身、デザインやアートに関わっていたので、表現すること創造することのパワーを知っています。



頭脳を活性させたい方、自分の中の新しい可能性を発見したい方、芸術性に目覚めたい方、日々の疲れや心的ストレスを緩和させたい方、言語的コミュニケーションが苦手かもという方、感情のコントロールが不安定かもという方、喜怒哀楽といった表現が上手く出来ないかもという方などに、オススメでしょう。...(^-')r  

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2008年08月22日

アートセラピー




「らくがきのアトリエ」


アートセラピーの必要性はかなり高まってきているように感じます。


言語的コミュニケーションが苦手な場合、言葉でもって意思を表そうとしても、それは違う方向に進んでいくことがあります。

非言語であるからこそ、それはより深く心と結びつきます。

今言葉による言語的コミュニケーションが難しい時代と言われています。

言葉が無くても伝えることが出来る、そして自身も気づくことが出来るそれがアート・創作です。  

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2008年07月05日

ミニマル

芸術劇場 -コンテンポージアム : スティーブ・ライヒの音楽-

久々のぶっ飛びでした。素晴らしいのひと言につきます。
わたくし、この手の音楽大好き^^

ミニマルミュージックの先駆者、スティーブ・ライヒ。リスペクト。必聴です。

ミニマル、音の展開を押さえ、フレーズやリズム繰り返し反復させる手法。

アフリカンリズム、バリのケチャなどに代表される古来からの伝統音楽や、宗教音楽にも多く見られます。いわゆるテクノミュージックには、多く使われます。


こういったミニマルミュージックには、ある種のトランスを生み出す作用があります。

宗教的儀式の音楽に、こういった手法を用いていたのは分かります。脳と体が浮遊感を感じますし、恍惚とした感じをもたらせますからねえ。


いや~良かった。テクノではない、生の音源を使っての演奏は圧巻でした。生ってすごいな。


う~頭すっきり。途中どっか飛んでいっていたね^^


映像はリハーサルのもので、番組のものではありません。

  

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2008年06月05日

Dideridoo 太古の音色




Dideridoo、ディジュリドゥと読みます。
オーストラリアの原住民アボリジニに伝わる不思議な楽器で、地を這うような低音に倍音を含む音質が特徴的です。
この楽器の起源はとても古く、数千年前もしくはそれ以上前から存在しているとされていて、おそらく吹奏楽器の原型であろうと考えられています。独特の演奏方式など、いまだ謎の多い楽器です。オーストラリア先住民族の重要な文化の一つです。

文字を持たない文化だったためか、その文化のほとんどは、ドリーミング・ストーリー(詩)などによって口伝えで伝承されてきたようです。

「ディジュリドゥ」は、先住民族の呼び名ではありません。
本来はイダキ(Yidaki)と呼ばれることが多いですが、部族によってまちまちです。

あるストーリーでは、
伝説の戦士「イダキ」が最初にディジュリドゥを吹いた人とされています。
戦士イダキは死後、精霊となってディジュリドゥの中に住んでいるとされており、ディジュリドゥの吹き口に耳をつけると、彼が演奏している音(魂)が今でも聞こえると言われています。 力の象徴とも捉えられます。部族によって違いますが、ほとんどの場合、女性は使えません。

なぜ、ディジュリドゥなのか、、、この楽器の音色が「ディジュリドゥ〜、ディジュリドゥ〜」と聞こえた為に、後に白人によって命名されたものなのです。
よくある話ですね。face02

楽器の形状は、ただの筒。白蟻が中心部のやわらかい所を食べて空洞になったパイプ状のユーカリの木で出来ています。ユーカリといっても実は600種類くらいもあるんですが、白蟻はブラッドウッドやウーリーバッド等、特定の種類しか食わないのです。



楽器自体も特徴的ですが、独特なのはその演奏方法。
基本は、ラッパのようにブ〜っとやるだけなのですが、それを循環呼吸法(サーキュラー・ブリージング)と呼ばれる呼吸によって、音を途切れることなく吹き続けます。
吹きながら、息を吸うんです。聞いただけではなんのこっちゃかもですが。face02 
これはちょっと練習が必要です。
そしてトーキングという技法。ブ〜としながら声を入れます。
これらを組み合わせて、様々な情景や動物の鳴き声などを模写して演奏します。
吹く楽器ですが、メロディはなく、どちらかというと打楽器のようなリズム楽器に当たります。面白いことにオーストラリア先住民には太鼓がありません。


ヒーリングブログですので、ここからが大事なポイントなのですが、、、

ディジュリドゥの音色には、人間の耳には聞こえない高調波成分(倍音)が含まれ、聞く人の脳波をアルファー波に誘導する効果があると、近年の研究で注目されています。
アルファー波状態とは、リラックスした時の脳波で、各人保有の潜在能力を引き出す効果があるとされており、脳波がアルファー波になると人間が本来持っている自然治癒力と免疫力が向上しますので、癒しの効果があるのです。

また、循環呼吸法が腹式呼吸を促すので、新鮮な空気を取り入れることになり血行がよくなり、胃腸の働きも活発になるため、新陳代謝の機能が向上し、細胞が生き生きとなってきます。呼吸が効果的な健康法であることは言うまでもないくらいです。



音の振動波によってもリラクゼーション効果があります。
インドネシアの方には、ユーカリではなく竹を用いてですが、ディジュと同じ奏法で、その音を患部に当てるという治療が行われているそうです。
わたしも実際この手法を用いてヒーリングを行うこともあります。
すごく良いらしいのですが、これは裏メニューです…
僕自信やってもらいたいのだが…
誰か、マスターする気ないですか?face07

ディジュリドゥは、ヒーリングツールとしてとても有効なのです。



個人的な話ですが、
最近はあまりディジュリドゥの活動をしていなかったのですが、以前は国際交流関係や幼稚園、ワークショップなどいろいろな所で演奏活動していました。
ポルノグラフィティと共演させてもらったこともww


かつてのポルノグラフィティと…わたし左から2番目

またワークショップなど、はじめようかと思っています。
音量があるので、どこでもというわけにいかないのが難face07  

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2008年06月03日

シリーズ-らくがきのモノイイ(ⅲ)

気分的に疲れていたせいもあってか、ひさしぶりに何か描いてみたいという気になり、画用紙に向かってみた。
画材は、パステル。
指で擦ったりして、ぼかしてホワワ~とした雰囲気をだせるので面白い画材です。写真ではぼやけ感がイマイチでませんでした。

何か描こうと思ったものの、いざ画材を前に何も浮かばない。。。おかしいなぁ。描く気はあるのに。。。

何も考えず、とりあえずはじめようということで、つかんだピンクのパステル。
描き始めてパステルを画用紙にクリクリクリクリ…
それを指で伸ばしてクリクリクリクリ…
その画面を見つめながら、だんだんと大まかなイメージが頭の中に浮かんできます。(同時にいろんなことを考えてます)

次は緑、次は黄色…イメージに沿って進めていきます。イメージも少しずつ変化していきます。
夕焼けのような日の出のような雰囲気になってきました。
チョコチョコ修正しながら、できあがり。




とくに思うものも無く、なんとなく仕上がったものを眺めながら、かなり以前に描いた絵を思い出した。
そのときの画材は水彩、ボールペン。
プロセスも画材も違うけど、なんとなくその時の絵とよく似ている感じがする。
その時もよく似た気分の時に描いたのだけれど、今回の方が画材のせいもあり、柔らかな印象がありました。その画材をチョイスしたのも何か意味があったのでしょう。
いざ描くと似たような印象になる傾向があるんだろうなぁ、好みかなぁ^^。


▲以前のもの


自分がすごく何を言いたいのかは分からないけれど、すっきりして考えがまとまってきます。
以前もそうでした。その時はもっと具体的に、考えが出ていたように思い出されます。

その絵というか「らくがき」を眺めていると、潜在的な部分では何かを分かっていると思います。
らくがきは、心模様を写し取るようなものかもしれません。

らくがきを後々眺めてみると、その時の状態などがなんとなく感じれます。
何で、こんなもの描いたんかなーと思いつつも、そうそうあの時…なんて思い出にひたったり^^

心模様は、まさに模様みたなものなのかもね。


今回のような漠然とした描き方のものもありますが、曼荼羅アートのような決まった形状に沿って色塗りしていくだけでも、とっても面白いですよ。
性格が出ます。出来上がったものから考えていることを分析してみると、自分の意外な一面に出会うこともあります。


さあ、あなたはどんな模様を描くのでしょうか。  

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2008年05月22日

シリーズーらくがきのモノイイ(ⅱ)

らくがきのモノイイとはいいますが、らくがきは何を語るのでしょうか。
らくがきは、内在する感情を視覚化するということを書きましたが、どういうことかというと、こういう例がありました。 (画像は本文とは関係ありません)

4人家族(父母姉弟)

小2の男の子に、アートセラピーをすることになった。彼はわりと口数は少ない方で、興奮しやすいというか、燃えやすい(?)性格があるように感じられる。
「好きに描いてみようか。」からはじめるが、絵を描くことが好きでないらしい。
絵が下手だということを気にしている様子。

「らくがきだから、上手いとか下手なんてないから、好きなものでいいんだよ」というと、
描き始めた。ピカチュウかなんかを描き始め、だんだん勢いに乗ってくる。
迷路を書き始める。画用紙数枚にわたる大作です。
実際迷路としては、こちらには訳の分からないものなんですが、本人にはストーリーもあり、ルールも存在する。それを描き終え、その迷路について話合い、遊ぶ。
そのうちに、彼はお眠に。。。色彩学校の末永蒼生さん曰く、この年代は迷路等の絵を描くことが多いそうである。この時期には成長に伴った心のアンバランス感や葛藤が多くみられるそうで、そういった迷いのような感情を、迷路という形で表すのかもしれません。


後日、今度はただらくがきというのではなく、少しストーリーをつくる。
某漫画みたいな感じで冒険をしていく設定。
「君と旅する仲間はお父さんとお母さんとおねえちゃんね。それぞれ皆には特殊能力があるんだけど、それって何かなあ」という感じですすめてみた。

人物なのかどうかよく分からないような小さな小さな絵を描き始めた。

興味深く感じた点は、順序。
上から、姉、自分、おとうさん、おかあさんの順。
お父さんが妙に小さい。お母さんはわりと大きく描かれている。
(実際のお父さんは、体格がかなりいい方、お母さんは比較的小柄)

面白いのが技。

姉―よわよわパンチ、全然効かない。 
自分――強烈キック、みんながびびるほど。
父――のしかかり
母――冷え冷え攻撃、口から冷気のようなとがったものを出す


ここまで来ると、なんとなく彼の家族の印象が見て取れるようでした。

僕が見ている両親の感じは、お父さんは会社社長、家にいないことが多いのですが、優しく、あまり口やかましく言わない方で、お母さんは結構キツイ言い方をしてしまいます。怖いわけではないけど、言い回しがハッキリしててきつい印象なのかな。

自分の印象はいいんだよねwまぁたぶん願望なんだけど。

その後、険しい山に向かい、お母さんは激流に飲まれてしまいます。 で、エンド。

この後、また眠ってしまいます。


ただのらくがきとは言え、なにか彼の口に出せない内在する気持ちが、現れたように感じました。



すこし気になる点などをお母さんにも話、伝えました。
お母さんは、自分の子供との関わり方や子供がどのように考えているのかということに興味をもたれており、子供に対する自分の接し方にも少し気づいている様子で、この物語は納得の様子でした。

普段は、彼の絵などに対して、下手だとか、子供の絵だとかの印象で、一緒に絵を描くことはほとんどないし、あまり見ることもなかったそうです。少し見方が変わったそうです。
しかしながら、やはり親には見せられないということはあるでしょうし、他人だから見せられるものというのもあるでしょう。


ここでの例は、ごく一例でしかないですが、子供だけでなく大人の中にも、これらの感性が潜んでいます。ただ、子供の方がピュア(!?) ですので、現れやすいようには思いますがface01

実際、使う色や描き方などによっても、その気持ちの現れ方は色々出てくるようです。  

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2008年05月18日

シリーズ-らくがきのモノイイ

子供から大人まで、らくがきという行為は自然にしてしまうもの。
いわゆる大人になると、らくがきをする機会はめっきり減るものですが、会社などの場合ですと会議の途中とか、レポート用紙の隅っこなんかにちょこっとした落書をしたりすることあると思います。
家庭の中ではなかなか絵を書く行為自体はありませんが、様々な創作的行動(料理、裁縫、庭いじり等)の中で、類似的な行動をしていると思えます。まぁこのへんはその創作的行為の捉え方、意欲などによって全く変わってくるので、類似的とも言いきれませんが…

子供の場合は落書が基本。なんかあるとすぐ書いたりするものです。年齢が小さいほど、全く理解の難しい自分だけの世界観な落書が登場します。無意識の中の芸術ほど芸術的なものは無いのですが、それらは生活の中で徐々に一般的なものへと変貌していきます。
それは脳の発達過程から来るものでもあり、まわりへの期待に応えるためのものでもあり、価値観を押し付けられていくものでもあります。

らくがきは、人類がまだ言語などが未発達な時代から存在するものと言われています。ある意味らくがきによって記録し伝えるという行為が行われ、歴史というものが出来上がってきたのかもしれないと思うくらいです。それはなぜか、、、言語がなくとも相手に伝えることができ、かつ残せるという点があるからです。ただし、これには相手が絵の意味を理解できる表現力が必要になってきますが…
なんにせよ、意思や思考を形として視覚化し伝えることができるわけです。
別に相手にという事ばかりではないので、自分がわかるようにということもあるでしょう。

子供時代はとかく言語においては未発達で、自分の頭にある考えがコトバとして表現できないので、その思考イメージを外に向けてビジュアル化したい(理解したいされたい)という欲求からくるものとで描く行為が生まれるのかなと思います。発達心理などで研究され諸説色々あります。

らくがきの面白いのは、そのビジュアル化されるものが非現実なモノが多いということ。
らくがきは記録や伝達の必要性がほとんどないので、自己満足的な心象表現が、もろに出てきます。
考えて描くというのは、もっぱら意識的な作業ですので、見た目や受けるかどうかとか色々なことを含めてしまいますが、らくがきにおいてはあまりそういったことを考えなく描いてると思います。
表層の意識下、つまり潜在意識での感覚が反映されてくるものと考えられます。

何気ないらくがきでも、そこには何かしらの心のメッセージが含まれているということが考えられるのです。だから、ただなんとなくらくがきしているだけで、どういった形でもたらされるのかは分かりませんが、セルフヒーリング効果、もしくは心理で言うところのカタルシス(浄化)が起こってくるものと捉えられています。

かくらくがきは語ります。もの言うらくがきを大切に。。。

いま芸術療法、アート・セラピーは様々な形で臨床の現場でも注目されている療法の一つで、SEELENKRAFTでもお勧めするセラピーです。

これからもっと学校教育の中ではなく、そういった管理体制のないところで、こういったらくがき活動が行われるといいと思います。楽描きでありたいものです。そのような現場があればお声などかけて頂けると幸いです。

とは言え、らくがきはするほうも場所わきまえてやらんと、ただのほんまの落書になってしまうので、注意。  

Posted by ゆるり at 15:00Comments(0)TrackBack(0)Art*