2008年06月29日
愛と躾と虐待と [考察]
ETVワイド 6月28日(土) 午後8時~10時 「子ども虐待」
http://www.nhk.or.jp/heart-net/wide/index.html
う~ん、やっぱりなんとも難しい話しだなぁ。
少し長文になりますが・・・
虐待にも色々なケースがあって、一概に言えるものではないのですが、虐待する、してしまう方の多くは、過去に自身も虐待を受けていることが多いんですね。本で読むことはあります。
ぼくも虐待の話は身近なところでも聞きますが、実際そういう方と話した事はありません。番組に出てみえた方のように、本人に自覚があり、駄目と思いつつも虐待してしまうという方がおられ、不思議な感じがしました。意識層ではなく無意識層での行動ということになるのだろうか。
虐待という行為は、ある種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)と捉えることができるのではないかと思われた。厳密にはPTSDの定義とは異なりますが、虐待行動が過去のフラッシュバックから引き起こされているとすれば、ただ単なる攻撃衝動とも言えないのではないだろうか。。。
番組には、虐待をする方々、そして虐待されてきて精神の障害を持ってしまった方々との2パターンがありましたが、それぞれ個々で見ると、その問題は個々の問題のようですが、過去現在未来という連鎖的な流れが見て取れました。
虐待をしてしまう方を見て感じるのは、もちろん個人が起こす問題なのですが、個人の問題だけではなく、その個人を取り巻く環境やパートナーの在り方、さらには社会全体や時代的背景など、さまざまな要因が絡み合って出来た大きな問題であると思います。
全く理解できない、というものでもありません。その背景なんかから考えると分かるような部分もあります。そうならざるを得ない状況だったのでしょう。全くもって、身勝手な虐待もありますから、番組に出演されていた方達は少し違います。
虐待を受けてきた方々の話は、そりゃ精神的に参るわなぁという、明らかに事件性あるやんって思えるレベルの事柄でしたが、身近に聞く話とかだと、直接本人から聞くわけでもなく、判断もなかなか難しいレベルだったりで、直接こっちからなんだかんだ言えることもないわけで、それでも結局子どもらは成長していく。
これらの問題はすっごい微妙な問題で、大問題になって気づくことが多いから、その対処というのはかなり難しくなるだろう。
虐待といっても、暴力だけが虐待ではなく言葉というものもあるわけで、そういった範囲まで広げると、もう、どんだけ~
なこととなります。番組の場合は分かりやすいものが多かったが、虐待問題の難しさは、躾や教育といった所にまで及び、そして子どもの心の問題も含まれてくるので、さまざまな方向から捉えていく必要性があるわけですが、多面的に見れば見るほどややこしくなってしまい、矛盾が生じてしまうように思えます。
特にこれといった答えがあるわけでもなく、何を改善していくのか何を治療するのかということも曖昧で、結局子どもが犠牲となって初めて問題が確立することになってしまうのだろうか。。。
仮にそうなったとしても、なかなかその問題に気づくに至るまでにはいかないことが多いようです。。。
虐待ではありませんが、躾や対応の仕方で相談を受けたこともありました。本人にその問題意識はあり、なにを変えればいいのかが頭では理解していても、行動が伴わないという感じで、そして、また、うやむやになってしまうといったことを繰り返していましたが、あるきっかけがあって、改善の方向に至ったのかなという感じになりましたが、問題点を理解し、そして改善していくのはやはりなかなか難しいと実感しました。
その子どもに少し絵を描いてもらったところ、少しですが気になる点を感じました。もちろん本人は無自覚なものですから、少し心配な点とかの考察をふまえて、お母さんと話をしたりしました。ただし、この絵が全てを語っているわけではないですし本心は分かりませんから、あくまでも参考としてなのですが、お母さん自身が気にしている部分を反映していたように思えました。
こういった部分は変化をしていきますから、心配して過剰に反応するのではなく、ここから少しずつ歩み寄る気持ちが大切なのだと思います。もうそろそろ中学生だし、どうなってるかなあ。
番組の中で印象的だったのは、虐待されてきた方々が虐待をする方を許せないとか言うのかと思いきや、理解できるという点でした。あと、愛憎というのも人間ならではの感覚だなあと感じました。
もう一つは、いろいろなことが話せる場の存在がものすごく必要だったと言われたこと。いろいろな事を話せるというのは、まぁ心を許せるというのでしょうか、どんなことを話していてもOKみたいな空気感というのでしょうかねぇ。
たしかにそれによって問題を抑えることは可能だと感じます。仲間うちだと逆にストレスを溜めてしまう原因にもなり得る事があるということはよく聞きます。今、孤立した感の強い世の中ですし、特に子育てされている時には、孤独を感じられる方は多いと思います。情報が多すぎて混乱してしまうといったケースもみられるので複雑なんです。
うちにみえるクライアントさんたちの多くも(年配の方が多いですが)言われるのは、普段話せないような事を話せることは、すごい気持ちが楽になるということ。やはり両親や友人にも話せないこと(愚痴など^^;)は沢山あるから、うちのようなニュートラルな環境はいいのでしょうね。僕の世界観というかテキトーな話も、受けるみたいですが^^;
うちには子どもがいないので、子育てに関しては体験や実感として分からないことは多いのですが、過去にシングルママ友の子守手伝い(?)のようなこともあったりで児童心理的なことや発達心理的な話は、逆にニュートラルな観点、もしくは子どもの観点で捉えることが出来るかなあと思います。
誰しも多かれ少なかれ、トラウマ(心的外傷)というものを背負って成長していくわけだけども、それがどういった影響として表れるのかは計り知れません。しかし、それは主に肉体を通して表されることが多いのです。
それはまた。。。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/wide/index.html
う~ん、やっぱりなんとも難しい話しだなぁ。
少し長文になりますが・・・

虐待にも色々なケースがあって、一概に言えるものではないのですが、虐待する、してしまう方の多くは、過去に自身も虐待を受けていることが多いんですね。本で読むことはあります。
ぼくも虐待の話は身近なところでも聞きますが、実際そういう方と話した事はありません。番組に出てみえた方のように、本人に自覚があり、駄目と思いつつも虐待してしまうという方がおられ、不思議な感じがしました。意識層ではなく無意識層での行動ということになるのだろうか。
虐待という行為は、ある種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)と捉えることができるのではないかと思われた。厳密にはPTSDの定義とは異なりますが、虐待行動が過去のフラッシュバックから引き起こされているとすれば、ただ単なる攻撃衝動とも言えないのではないだろうか。。。
番組には、虐待をする方々、そして虐待されてきて精神の障害を持ってしまった方々との2パターンがありましたが、それぞれ個々で見ると、その問題は個々の問題のようですが、過去現在未来という連鎖的な流れが見て取れました。
虐待をしてしまう方を見て感じるのは、もちろん個人が起こす問題なのですが、個人の問題だけではなく、その個人を取り巻く環境やパートナーの在り方、さらには社会全体や時代的背景など、さまざまな要因が絡み合って出来た大きな問題であると思います。
全く理解できない、というものでもありません。その背景なんかから考えると分かるような部分もあります。そうならざるを得ない状況だったのでしょう。全くもって、身勝手な虐待もありますから、番組に出演されていた方達は少し違います。
虐待を受けてきた方々の話は、そりゃ精神的に参るわなぁという、明らかに事件性あるやんって思えるレベルの事柄でしたが、身近に聞く話とかだと、直接本人から聞くわけでもなく、判断もなかなか難しいレベルだったりで、直接こっちからなんだかんだ言えることもないわけで、それでも結局子どもらは成長していく。
これらの問題はすっごい微妙な問題で、大問題になって気づくことが多いから、その対処というのはかなり難しくなるだろう。
虐待といっても、暴力だけが虐待ではなく言葉というものもあるわけで、そういった範囲まで広げると、もう、どんだけ~
なこととなります。番組の場合は分かりやすいものが多かったが、虐待問題の難しさは、躾や教育といった所にまで及び、そして子どもの心の問題も含まれてくるので、さまざまな方向から捉えていく必要性があるわけですが、多面的に見れば見るほどややこしくなってしまい、矛盾が生じてしまうように思えます。特にこれといった答えがあるわけでもなく、何を改善していくのか何を治療するのかということも曖昧で、結局子どもが犠牲となって初めて問題が確立することになってしまうのだろうか。。。

仮にそうなったとしても、なかなかその問題に気づくに至るまでにはいかないことが多いようです。。。
虐待ではありませんが、躾や対応の仕方で相談を受けたこともありました。本人にその問題意識はあり、なにを変えればいいのかが頭では理解していても、行動が伴わないという感じで、そして、また、うやむやになってしまうといったことを繰り返していましたが、あるきっかけがあって、改善の方向に至ったのかなという感じになりましたが、問題点を理解し、そして改善していくのはやはりなかなか難しいと実感しました。
その子どもに少し絵を描いてもらったところ、少しですが気になる点を感じました。もちろん本人は無自覚なものですから、少し心配な点とかの考察をふまえて、お母さんと話をしたりしました。ただし、この絵が全てを語っているわけではないですし本心は分かりませんから、あくまでも参考としてなのですが、お母さん自身が気にしている部分を反映していたように思えました。
こういった部分は変化をしていきますから、心配して過剰に反応するのではなく、ここから少しずつ歩み寄る気持ちが大切なのだと思います。もうそろそろ中学生だし、どうなってるかなあ。

番組の中で印象的だったのは、虐待されてきた方々が虐待をする方を許せないとか言うのかと思いきや、理解できるという点でした。あと、愛憎というのも人間ならではの感覚だなあと感じました。
もう一つは、いろいろなことが話せる場の存在がものすごく必要だったと言われたこと。いろいろな事を話せるというのは、まぁ心を許せるというのでしょうか、どんなことを話していてもOKみたいな空気感というのでしょうかねぇ。
たしかにそれによって問題を抑えることは可能だと感じます。仲間うちだと逆にストレスを溜めてしまう原因にもなり得る事があるということはよく聞きます。今、孤立した感の強い世の中ですし、特に子育てされている時には、孤独を感じられる方は多いと思います。情報が多すぎて混乱してしまうといったケースもみられるので複雑なんです。
うちにみえるクライアントさんたちの多くも(年配の方が多いですが)言われるのは、普段話せないような事を話せることは、すごい気持ちが楽になるということ。やはり両親や友人にも話せないこと(愚痴など^^;)は沢山あるから、うちのようなニュートラルな環境はいいのでしょうね。僕の世界観というかテキトーな話も、受けるみたいですが^^;
うちには子どもがいないので、子育てに関しては体験や実感として分からないことは多いのですが、過去にシングルママ友の子守手伝い(?)のようなこともあったりで児童心理的なことや発達心理的な話は、逆にニュートラルな観点、もしくは子どもの観点で捉えることが出来るかなあと思います。
誰しも多かれ少なかれ、トラウマ(心的外傷)というものを背負って成長していくわけだけども、それがどういった影響として表れるのかは計り知れません。しかし、それは主に肉体を通して表されることが多いのです。
それはまた。。。